久しぶりにどうでもいい記事を書きたいと思います。
書かなくてはいけないレビューをいくつか放置しているのですが、やる気が出ないのでリハビリも兼ねてと思ってくださいw

当ブログは見ての通り「オーディオの批評」をするブログです。数多くの批評サイトが存在する中で私が大切にしていることは「良し悪しをわかりやすく示す」ということです。これはそれなりに批判を受けやすい手法なので正直やめようかなと思っていた時期があります。初期の閲覧数が少ない頃は本当に誰も見ていなかったので気にせず「これは音悪いです」なんて書けたのですが、それなりに見に来る方が増えてから「この機種を低評価しているなんておかしい」「言い方が不快」とか言われることが増えました。正直まぁそれだけならいいんですが、ちょっと前はどこぞのブログサイトから喧嘩を売られて「好みで評価するな、明確な基準を示せ、責任のあるレビューをしろ」だの、まぁ好き勝手なことを散々言われたり、まぁ面倒くさいわけですw

私のレビューポリシーは最初から変わりません。「あくまで私の好みに従い、私の聴感での良し悪しを語る」のみです。それ以上でもそれ以下でもありません。だから私が好評価をしている機種を他人が地雷認定をしていても「まぁ、そういうこともあるよね」としか思いません。音質の好みは千差万別、私の評価が万人に共通するなんて当然思っていませんし、自身の聴感での評価を他人に押し付けるほど醜いことは無いと思っています。あくまで「私の個人的な好みを元した聴感上の評価」をするだけです。

「あくまで私個人の好みで評価をしているだけである」と断った上でも、ハッキリネガティブな評価をすることはそれなりに神経を使います。私がどうしようもない地雷製品だと感じた機種にも、必ず多かれ少なかれそれを好んで使用している人は居ます。それに対して気を使い「私はかなり苦手だけどこういう人には好かれるかも」みたいな配慮をした書き方をすることは可能です。ですが、そういった配慮をしても納得されない場合は多いです。そうなると「私は苦手」という個人的な評価まで隠す必要があり「こういう人には好かれるかも」という部分だけを記載しなくてはいけなくなります。ですが、これをやってしまうと、私が感じたネガティブな評価は完全に消して、ポジティブな面だけを紹介することになり、まるで自分がポジティブな評価をしているように見えてしまいます。ここまで来てしまうと私はレビューとして嘘だと思うので出来ません。結局は「あくまで個人の評価」と断った上で、雑音を無視するしか方法は無くなってしまうわけです。

最近はブログやHPで音質のレビューをする人は減ったように思います。しかしTwitterなどのSNS上でレビューをする人は増えてきました。ですが、SNS上でもかなり気を使ったレビューをしている人が多く、下手に「これはダメだ」なんて書くと非難の的になることもあり、正直SNSでの感想までそこまで神経使わなきゃいけないの?と窮屈さを感じるところが結構あります。

私は「ネガティブなレビューというものは極端な言いがかり以外は歓迎すべきである」といつも主張しています。ネガティブなレビューに対して批判的な意見が大量に付くような製品の末路は「一部のファン以外は誰も評価しない」「あの機種について評価を書くと面倒くさい」と思われて忘れられていく流れだと思っています。実際オーディオには宗教的なちょっとヤバイ製品、ヤバイメーカーが少なからず存在しますが、その中に「メーカー名を出すと面倒」「製品名を出すと面倒」と言われるものは結構存在しました。ちょくちょく伏字で語られるような製品や会社がありますけど、それは相当な末期で先は見えていると思います。

また、ネガティブなレビューが存在するということは、その製品はクリーンである証明になります。Amazonでサクラレビューが定期的に問題になりますが、ほぼ全部が満点評価の製品は何かしらの操作がされた商品として警戒されます。オーディオでもそれは同じことだと思います。実際極端な絶賛しかあがらない製品は非常にキナ臭い印象を持ちますが、何件か「微妙だった」という評価が後から出てくると安心してその製品に対する興味も湧いてきます。こういう感覚を持っているのは私だけなのでしょうか。

最近色々と窮屈だなと思うことが増えているので私なりの考えを書かせてもらいました。私はこれからもポジティブな評価もネガティブな評価も、あくまで「私個人的な好みを前提として」書かせてもらおうと思っています。

まぁ、こんな記事書いてないで溜まってるレビュー書けって話ですけどね、、、w
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